「和田の高倉健」が仕切る

飲み喰い処五六八

(取材:ほっしー)

 「やっぱりね、若い人にもっと来て欲しいよね」――飲み喰い処五六八店主で、和田商店会会長の梅田博さんに「和田商店会は今後どうなっていってほしいですか」と聞くと、そう答えて笑った。

 

親子二代で商店会会長

 妙法寺の交差点か和田帝釈天通りの門をくぐり、2分ほど歩くと右手の角にその店はある。
 「飲み喰い処五六八」。
 「五六八」と書いて、「いろは」と読む。今のお店をはじめる前は、八百屋だった。居酒屋に変わったのは16年前のこと。
 梅田さんは御年70歳。一部で「和田商店会の高倉健」と呼ばれるほどの男前ぶり。
 一家は代々和田・堀ノ内の在住で、ご自身も和田で生まれ育った。


 戦時中に空襲で焼け野原になった和田堀商店街の復興からオリンピックを契機とした環七開通、そして最盛期を経た現在までの全てを見てきた、和田商店会の生き字引でもある。
 「昔は夕方時には、道が人で埋まるくらい賑わってたよ」――当時を思い出し、懐かしそうな顔をする梅田さん。

 梅田さんは現在和田商店会の会長。先代のお父様も商店会会長を務めていたとか。親子二代の会長だ。
 若い頃から商店会活動に熱心な梅田さんだった。
 「店そっちのけで商店会のことばっかりやるもんだから、よく親父に怒られてね。そんな親父も、商店会会長の頃はそればっかりやってたけどさ(笑)」
 そんな会長の目下の願いは冒頭の言葉。そう、「若手不足」「後継者不足」。日本中の多くの商店街が抱えるこの悩み、それはこの和田商店会も決して例外ではない。
 店主、お客さんが徐々に高齢化していく中で、「もっと若い世代に商店会に入ってきてほしい」――やはり組織のに、若手のパワーは不可欠だ。

 

地元仕入れの「絶品」料理に常連さん増加中

 梅田さんのお店の「飲み喰い処五六八」のウリを聞くと、「酒が安いことだよ(笑)」。


 でもあなどるなかれ、もちろんただ酒が安いだけの店ではない。

 

 毎日仕込む惣菜の数々は、常連客の誰に聞いても「絶品」と太鼓判だ。

カウンターに並ぶ大皿を眺めて、今日の一品を決めるのが醍醐味。


 こだわり食材の多くは和田商店街で仕入れているのだという。干物は「川上屋」、肉は「ミートショップすがぬま」、野菜は「スーパーつかさ杉並和田店」等々。和田商店街で仕入れた食材で料理を仕込み、和田商店街の人たちがそれをこのお店に食べにくる。

 

 実際お店は夜の営業開始の5時半になると、あっという間に満席になる。
 お客さん同士が互いに挨拶し合うフランクな雰囲気につつまれ、店内は深夜まで笑い声が響く。時には釣った魚を差し入れに持ってくるなんてお客さんもいる。梅田さんご自身も酒好きなことが高じて、常連さんと一緒についつい遅くまで飲んでしまうこともしばしば。
 もちろん常連さんだけではない。周囲には若い単身世帯も多いが、そんな一見さんでも全く気にすることもなく店に入り、あっという間に店の雰囲気に馴染んで帰っていく。店の空気と料理の味の虜になり、またひとりまたひとりと常連が増えている。
 商店会で働く人々―
 地域に住む地元の人々―
 職場が近く、毎日和田界隈に通う人々―
 多種多様な人が行き交う商店会という場所。そんな町の住民のコミュニティの場として、ここ「飲み喰い処五六八」は存在している。

 

 開店後、お客さんで賑わう中、梅田さんに聞いてみた。
 「お店の名前の五六八って、どういう意味なんですか」
 「事始めだよ」
 梅田さんが答えたその言葉の意味が一瞬わからず戸惑っていると、ちょっと照れながらさらにこう続けてくれた。
 「居酒屋なんて初めてやったもんだから」
 それを聞いた常連さんの女性が横から「あらそうなの?初めて聞いたわ!」。梅田さんはまた少し照れていた。
 「和田の高倉健」も、本家同様やっぱり照れ屋さんだった。

 

 

食事が美味しい。酒が安い。雰囲気が温かい。
お酒を飲む場所にとって一番大事なことが、全て詰まっています。
飲ん兵衛も、おしゃべり好きも、今月ちょっとお金がピンチな人も、一人暮らしで栄養が偏ってる人も、みんな寄っといで!ってみんなにオススメしたくなるところです。

2012.11.4 (取材:ほっしー)