(取材:さっちぃ)
クシャッとくずれる笑顔が印象的な荒川屋米店のご主人・中野晴生(はるお)さんは、三年半前にお父様を亡くされたのをきっかけに、柔道整復師の仕事をやめて家業に入った。
荒川屋米店の創業は昭和5年。創業者であるおじい様が埼玉県の川越出身で、荒川の側で育ったことからその名が付けられた。
「ご主人」「三代目」という呼ばれ方に違和感を示す晴生さん。「米屋で育ったから、米屋を無くしたくなかった。お店をやるのは兄でも私でもよかった」と言う通り、別の仕事をされている兄の陽生(てるお)さんが休みの日にお店に立つこともあるとか。米屋を継いだこと――それは晴生さんにとって自然なことだった。
「米屋の一日? うーん、精米してお客様にお届けする。たいしたことしてないですよ」――と謙虚に笑う晴生さん。しかし、「精米」と一言にいっても、それはとてもとても奥深い作業だ。
お客さんの好みや米それぞれの特徴に合わせて、精米の具合を16段階で細かく調整。もちろん、分づきなどにも対応してくれる。精米機にかけた後、さらに少量ずつをふるいにかける。すると、割れたり欠けたりした粒がふるい落とされる。それと並行して、米を光に当てて、色が黒いものをひとつひとつつまみ捨てる。気の遠くなるような作業を、いとも「当たり前」のこととして、丁寧に丁寧に繰り返す。
割れたものも黒いものも、食べる分には問題はない。ただ、黒いものが混じっているとちょっと気持ちが悪いものだし、粒の大きさがそろっている方が上手に炊けるらしい。
「お客様にはおいしく食べてもらいたい」――その思いひとつで、ひと粒ひと粒、最後まで丁寧により分ける。
丁寧な仕事ぶりには思わずため息が出るほど。誰が米のひと粒ひと粒まで見てくれていると想像できるだろうか。晴生さんの手でふるいにかけられた米たちは、精米機からあがってきた時と比べ、より一層の輝きを放っている。粒がそろっていてピカピカ。
「ボクたち、ぜったいおいしいご飯になるからね!」--米たちの声が聞こえてきそうだ。
こうしてたくさんの手間と愛情をかけられた米は、すべてが「荒川屋ブランド」に生まれ変わる。
お年を召した常連客が多い。お客さんの希望があれば誠心誠意お応えする。余計なこだわりは執着を生むだけだから持たない。何よりも「お客様の喜ぶ顔」を大切にしている。
以前、「おたくの米が、うまく炊けない!」と言ってきたお客さん(おばあさん)がいた。晴生さんはそのおばあさんの家に何度も通って、実際に米を炊いてみた。結局は炊飯器の問題で、米に問題はないことを納得してもらった。
「よりご飯をおいしく食べてもらいたい」の一心だった。
その態度はお客さんの心を打ったに違いない。
「米のことは何でも聞いてほしいし、うちの米がおいしくなかったら言ってほしい。そうすれば、どうやったらおいしく食べていただけるかを一緒に考えていけるから」
そう話す晴生さんの目はまっすぐだ。
「あまり米食はしない」という若い世代には、1kgくらいからの「少量買い」がおススメ。希望を言えば注文してからの精米にも応じてくれる。いろんな種類のお米を試してみて、「my米」を探すのも楽しそう。3合サイズのお試しパックの販売も検討しているとか。こちらも注目だ。
今やスーパーに行けば全国各地の米が並び、自分好みの米を探すこともできる。そんな時代にあえて米屋を利用するなら、勇気をもって店主さんと「対話」してみたい。それぞれのお米の特徴、炊き方のコツ、産地のこと、精米に至るまで、たくさんの知恵と知識がいただける。
日本人の生活に欠かせない「米」。自分が本当においしいと思えるお米に出会えたなら、そしてそのお米のおいしさを最大限に引き出す炊き方を身につけられたなら、ふだんの生活がもっと豊かになるに違いない。
荒川屋米店は、そんな私たちと一緒に歩んでくれる米屋だ。
(2012.09.03取材)